エッセイ「カラオケ」

宴席につきものはカラオケだろう。右党である私は己から進んでカラオケに行くことはしない。しかし、歌が嫌いかというとそうではない。現にこの文章を綴っているときも五輪真弓のレコードが鳴っていて「沫雨(うたかた)」を聞きながらやっている。マイクを向けられれば歌のひとつやふたつは歌う気持ちはある。よく車のハンドルを握りながら歌手のテープを流していた。
歌っていくうちにその歌詞の中に感情移入してしまい我を忘れるときがある。気分がいいのである。ということは歌の要素の7~8割はそれをかたちづくっている歌詞にあるのではないか。あとの残りはメロディーとなろう。だから私はおもに演歌を選ぶことになる。意味をこころで確かめながら音階のレールを踏み外さないように進めるのである。人が歌っているときは当然うっとりと聞き入る術(すべ)は知っているつもりだ。ただ古い歌に限られるのはどうか。新曲を増やすことも必要である。ま、所詮カラオケは自己満足か・・・。

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